花彩便りVol.16 かわうそにだまされた話

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 時代は、明治33年に富良野線が開通し、中富良野駅が出来て、開拓者が押し寄せてきた頃。彼は、この村の中心街で呉服店を営む大店の店主です。舞台の「北山の沼」は森に覆われ、昼間でも暗い原始の泉でした。この沼から一筋の小豆川(しょうずがわ)が流れ、川下に住む町の住民は、この流れで米をとぎ、食器を洗い、中には飲み水に利用している人もいました。
北山の沼
北山の沼

ニヤッと笑ったあやしいお婆さん

 ある夏の日の夕方、店主は行商の帰りに「北山の沼」にさしかかった。ここの土橋を渡ると登り坂になる。そこで「ひょい」と顔をあげたら、少し前を頭からゴザをすっぽりと被って、腰の曲がったお婆さんらしいのが歩いていた。近くに人家もないし変だなあ・・・と思ったが、声をかけずに追い越すのは悪いと思い、「お婆さん、御苦労さんです」と声をかけた。すると、そのゴザの主は「ひょい」と振り向いて、白い歯を向き出し「ニヤッ」と笑ったかと思うと、瞬間に横の藪の中に消えた。一瞬びっくりしたが、落ち着いて考えてみると、それは大きなかわうその仕業であったことがわかった。

洗い物をする若い女

 それからというものは、店主は、大枚の金を出して仕込杖を作り、持ち歩くことにした。ある夕方、「北山の沼」にさしかかったとき、岸辺の藪がボーッと薄明るくなっていた。「さては、かわうそか」と思い、そばによって見ると、何者かが洗物をしている。店主は確信して仕込杖を振りかぶり、一刀のもとに斬り伏せようと思った。「待てよ、間違ったら大変な事になる」、念のために「何者だ」と声をかけた。そうしたら、相手は店主の姿を見て驚き水の中に落ちてしまった。しかも、乳飲子を背負った若い女である。
 店主も驚いた。刀を捨て慌てて親子を引き上げた。そこで、事情を聞くと、「私の姑が厳しくて、おむつを洗う暇もない。今夜は疲れているので悪いとは知りつつ、ここで洗っていた」とのことであった。店主は謝罪して道に戻ると、腰が抜けてへたり込んでしまった。「危うく大罪を犯すところであった」と思うと体中から汗が「どっ」と吹き出した。そのあと、店に帰るや否やその仕込杖を粉ごなに砕きうち捨てたとか。
 店主の話を父の背中で聞いていた橋本少年は、『騙されても仇はするな』とさとしているようだったと語ってくれました。

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